2016.04.18

Special Interview「魅力がいっぱい!上野公園」

[第2回:世界が憧れる上野公園の桜]

●建設局東部公園緑地事務所長/細岡 晃さん
●聞き手 佐藤 輝光(松坂屋上野店)

上野公園の桜は、今や世界中から観光客が訪れ、その美しさに魅了されています。錦絵に描かれた時代から人々を楽しませてきた上野の桜がどのように受け継がれてきたのか、建設局東部公園緑地事務所長の細岡晃さんにお話を伺いました。

上野恩賜公園PRキャラクター「うえのん」と細岡さん

■上野の桜

桜でにぎわう

佐藤:上野公園といえば、桜ですね。今年の賑わいも、相当であるとうかがいました。

細岡:上野は江戸時代から花見の名所で、落語のネタにもなっています。そもそも花見の習慣は日本特有のものといわれており、ある研究者も文献を調べれば調べるほど、その思いを深めたといいます。花見には三要件というのがあって、①桜がたくさんあること、②人がたくさん集まること、③飲食を伴うこと、だそうです。それでいうと、上野はぴったりですよね。

佐藤:最近は海外からの観光客も大勢見かけます。上野の桜というのは、世界的にも憧れの場所になっているんですね。

 

他言語の注意書き

細岡:かなり以前から、いろいろなところで紹介されているようなので、それが大きいと思います。昨年の桜花期には、200万人以上の方が上野公園を訪れました。外国からの方も年々増えているようです。26年度の台東区の統計調査によると、上野公園の外国人観光客は推計約64万人とのことでした。彼らの写真の撮り方を見ていると、私たちが観光地に行って、ガイドブックを見ながら、同じ場所で記念写真を撮っているのと変わりありませんね。都立の文化財庭園9園の入園者も昨年、300万人を超えましたが、外国人の来園者が増えたことが大きな要因の一つだと思います。

 

 

 

■老齢化する、上野の桜

佐藤:先日、このインタビューのコーナーでも昨年紹介した、上野桜守の会の方たちと桜のひこばえの剪定を行ったのですが、清水観音堂のあたりは大寒桜(オオカンザクラ)で、精養軒から国立博物館側はソメイヨシノ。理由を尋ねたら、植え替えたというお話でした。実際、そうやって植え替えをしながら地道に桜を守ってきたわけですね。

上野公園のソメイヨシノ

細岡:今あるものについては、桜守の方たちがきれいに咲くようにいろいろ活動をされていますが、老木になれば、いずれは植替えをしなければならない時がくるだろうと思います。今の上野の桜並木はかなり大木になっていて、老齢の域に達しています。植えたのが約50年前の東京オリンピック前後ですから、その時に植えた木の樹齢でいえば、60年くらいは経っているわけです。でも皆さんは、上野の桜って、もっと年を取っているイメージがありませんか?

佐藤:戦前からあるように思えますよね。

 

 

上野公園のエドヒガン

細岡:昭和30年代終わりから40年代はじめころくらいの写真で、まだ細い木が植わっている写真があります。それを見ると、こうやって若い木を植えることもあるんだというのがわかっていただけると思います。倒れそうな木には添え木をするし、場所によっては新しい木も植えられています。

佐藤:寛永寺の頃から桜があって、その頃の桜がそのまま残っているというイメージがありましたが、違うんですね。

 

 

 

参考:六義園のシダレザクラの解説板*

細岡:そういうふうに歴史と繋がってイメージされがちですが本当はどんどん入れ変えています。桜の姿からの印象ですごく昔からあったように見えるのですね。六義園のしだれ桜はまだ樹齢60年くらいです。見た目は何百年とイメージされるほど古く見えますが、実際は戦後に植栽されたものです。100歳にも満たない。もちろん園内にも、樹齢についてはちゃんと解説板に記載されています。

 

 

上野の桜というのは、錦絵などに描かれているくらいですから、江戸の頃からあるものだと思いますが、桜の木自体は、そうやって入れ替わっていて、桜の名所としての上野公園ですが、第二次大戦の時の空襲で戦前の桜は焼けてしまったので、もう一度、ここを桜の名所にしようということで、戦後間もない昭和23年に上野観光連盟の前身である「鐘声会」さんに植えてもらったものがもとになってるとのこと。でも、それらもその後更新されたと聞いています。

佐藤:春になると、当たり前に桜は咲くものだと思っていますが、実はいろいろな人の手を経て守られてきたものなんですね。
*六義園サ-ビスセンター提供

(つづく)

[第1回:上野公園誕生と、そこに込められた意味]
[第3回:不忍池と蓮]
[第4回:想い出の上野]
[第5回:上野、変わるものと変わらないもの]