2015.07.22

SPECIAL INTERVIEW「日本の玄関口・JR上野駅今昔物語」

[第1回:上野駅、132年の歴史の重み]

●JR上野駅駅長 太田 稔さん
●聞き手 佐藤 輝光(松坂屋上野店)

JR上野駅の132年におよぶ道のりは、上野の街とそこに生きる人たちと共に歩んできた歴史でもあります。上野駅の歴史的歩みと上野の街の関わりについて、JR上野駅駅長の太田稔さんに伺いました。

太田駅長と佐藤編集長

■ああ上野駅

佐藤:JR上野駅の歴史的な歩みからお話いただけますでしょうか。

上野駅開業130周年記念セレモニー

上野駅開業130周年記念セレモニー

太田 :上野駅は、今年の7月で開業して132年になります。一昨年、130周年という節目を迎え、式典も執り行いました。私は着任したばかりでしたが、やはり感じるものがありまして、駅構内で急遽、上野の街の皆さんと「ああ上野駅」(歌:井沢八郎/作詞:関口義明/作曲:荒井英一)を大合唱しました(笑)。司会進行はJR社員、演奏も私どもの吹奏楽団が35人も集まってくれまして、上野観光連盟の二木会長や街の皆さんと、サプライズで大合唱したのです。涙を流しながら歌っている方もいらして、やはりこれが上野だなと思いました。皆さんに喜んでいただいて、私も感激しました。ちょうどその日から長距離列車が出る13番線の発車ベルを「ああ上野駅」にしています。

上野駅長室でインタビュー

上野駅長室でインタビュー

ですから、今は列車が出る度に「ああ上野駅」が流れます。遠くからわざわざ録音しにいらっしゃる方もいるので、通常は15秒くらいなのですが、時間がある時は2回転くらい流します。なるべく途中で切れないように、社員のみんなにも、なるべく長く流すよう頼んでいます(笑)。

佐藤:上野駅と他の駅で違いはありますか?

太田:東京にはいくつものターミナル駅がありますが、上野駅の場合、街との絆が強く、人の歴史と密接につながっているのがいちばんの特徴だと思います。上野駅に着任する前、2年ほど、池袋駅の駅長を務めていましたが、上野駅と他のターミナル駅との違いは、そこがいちばん大きいと感じました。もっというと、例えば、お客様の歩く速度が池袋駅よりも上野駅の方が若干遅いというのもありますね。やはり、上野は旅に出かける方や長距離のお客様がいらっしゃいますので、通勤の方が行き交う池袋駅とは少し違うのでしょう。東京駅もビジネス街ですが、池袋駅とも上野駅とも違う空気というか、匂いや香りがありますし、駅それぞれに特徴があります。

 

■関東大震災

駅長室の壁面には、数々のスナップが

駅長室の壁面には、数々のスナップが

太田:132年の歴史で、いちばん大きな出来事というと、関東大震災でしょう。1883年(明治16年)7月28日に上野駅が開業し、その2年後の1885年(明治18年)7月16日に最初の木造の駅舎ができたのですが、それが1923年(大正12年)9月1日の関東大震災ですべて焼失しました。駅だけではなくて、上野の街全体が火に包まれましたからね。それから9年の歳月をかけて、1932年(昭和7年)に、今の堅牢な近代様式の駅舎が完成しました。その後、手を加えているので、正確には二代目駅舎の原型ができたと申し上げた方がいいかもしれませんが。

佐藤:第二次大戦の時は、大丈夫だったのですか?

太田:戦時中は空襲の影響もなく、駅舎はそのまま残ることができました。その間、周辺の街で大きな火事がありましたが、今の駅舎というのは、上野の街を象徴する存在として残ることができました。
(つづく)