2016.07.05

Special Interview「上野中央通り商店会と上野の街」

[第1回:上野中央通り商店会の歩み]

●上野中央通り商店会 会長 中村 明彦さん
●聞き手 佐藤 輝光(松坂屋上野店)

上野の街を貫く中央通りで、商店の商いを支えてきた、上野中央通り商店会。その発祥と歩みについて、上野中央通り商店会会長の中村明彦さんにお話を伺いました。

 

 ■商店会、誕生

佐藤:商店会の誕生の経緯について教えていただけますか。
細岡:上野中央通り商店会は、その前身となった会がかなり古くからありました。第2次大戦の時に、上野は空襲で焼け野原になってしまい、終戦後、この辺りには闇市ができて、いろいろな人が出入りするようになりました。なかには秩序を守らない人もいて、古くからの商店が店を立て直そうとする時に、いろいろトラブルが起こって困っていました。そこで、地元で商売をしている人や住んでいる人たちが立ち上がり、商店会をつくって規則を守って商売をしていこうということで、昭和22年「鐘声会」を立ち上げました。上野の山の寛永寺の鐘の声を聞く「鐘声会」、これが商店会の始まりです。

寛永寺の鐘

そこからスタートして戦後の混乱期に上野のあちらこちらで商店会が形成されたことから、昭和28年に「上野商店連合会」という名前に変更しました。その後、平成13年に「上野中央通り商店会」と改名し、現在に至っています。ですから、「上野商店連合会」を名乗っていた時代がいちばん長く、活発に商店会活動をやった時期で、今の商店会の礎になりました。その昭和50年代から60年代当時に青年部で活躍した人たちが今、各会の会長さんになられたりしていますね。

佐藤:上野中央通り商店会は、私ども松坂屋上野店も加盟させていただいますが、個店だけでなく、大型店もいらっしゃいますね。
中村:松坂屋さんをはじめ、ABABさん、以前は京成電鉄の京成デパート、今の丸井デパートなど、ビッグストアの方たちも商店会と一緒になって活動し、売り上げ形成やお客様誘致というのを積極的に働きかけてきました。ですから、上野の商店会というのは、個店が集まって大型店に対抗するというものではないんです。つまり、上野は弱肉強食ではないんですね。“共存共栄”で商店会活動をしてきており、そこが上野のいちばんいいところだと思っています。

 

■上野という一つの大きな船で

佐藤:街の発展と商売の発展を皆さんで一緒に考えていらっしゃったわけですね。

上野ガイドマップより転載

中村:みんなで一緒に一つの大きな船に乗って、遠洋航海していこうじゃないかと(笑)、そういうふうにみんなで考えてきましたね。上野駅も以前は国鉄でしたが、平成元年に民営化されてJRになってからは、上野の街との融合にも積極的に取り組むようになり、最近はアトレ上野やecuteなどとも仲良くお付き合いしています。一人勝ちするような商売のやり方ではなく、お客様がお店に来たら、そのお客様を他店にも回遊させようという、駅と街とのとてもいい連携ができていると思います。
(つづく)

 
[第2回:行幸道路としての上野中央通り]
[第3回:上野の街づくり]
[第4回:商店会活動と上野の想い出]
[第5回:上野をつなぐ、新しい試み]